泥中の蓮(lotus in the mud)

人生(life)


今朝がた、久しぶりに「泥中の蓮」という言葉を思い出す出来事があった。

私のアカウント名「Lotus(ロータス)」は、ここでいう「蓮(Lotus)に由来をしている。
まだ小さい頃から「泥中に咲く蓮」という言葉は知っていて、白く、ピンクの、ほんのり赤い蓮の花を見るのも好きになった。アイコン写真も、以前は蓮の花だったくらいに。

この言葉が仏教に由来を持つことは知っていたけれど、調べてみたところ維摩経に端を発し、病気で寝ている維摩居士の質問に対して、文殊菩薩は「あらゆる煩悩が如来になる出発点」と答えたあとにこのように続ける。

譬如高原陸地不生蓮花、卑湿淤泥乃生此華
(譬えば、高原の陸地には蓮華を生せず、卑湿の淤泥に乃ち此の華を生ずるが如し)

今現在使用される際は、よくない環境の中でも染まらずに清く生きる、というような意味らしいのだけれど、私としては、この仏教のエピソードのほうがしっくりとくる。

自分の中に蠢く様々な煩悩や欲、そういったものの中に沈み、翻弄されたとしても、コアな、純粋な、本質の部分を思い出せるように、そんな意味も込めてのlotus。

昨夜からちょうどそんな状況になったのだけれど、ではどちらの方向に進んでいきたいのかと思ったときに行きついた答えは、このlotusを思い出させた。

そういえば、少し前にblacklotusという言葉を教えてくれた人がいた。
調べてみたら、どうも希少なゲームカードらしい。

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