「夢」という言葉を、最近あまり使わなくなった。
夜、眠っている間に見る夢は、相変わらずの頻度でやってくる。昨晩も、ある男性医師と女性医師がでてくる夢をみた。
そういった夢のほうではなく、たとえば「将来を夢見る」というような使い方をする「夢」について、将来を夢見なくなったわけではないけれど、「夢」という言葉を発することが、以前よりなんだか気恥ずかしくなったような気がする。
「夢」という言葉には、数年というよりは、十数年くらい先の未来、というイメージがある。そして少し「明るい」。十数年先の明るい未来の話をすることが、なんだかそぐわなくなってきているのかもしれない。そのかわり、「明るさ」を排除した「少し先の未来」という言葉なら、まだしっくりとくる。
「夢見るときは過ぎて、今は昔になりにけり」だけれど、またいつか再び、夢見るときがくるような気もする。こないような気もする。