【訂正】当事者研究とナラティヴ ・アプローチの異同

日々是好日(dairy)


前回、「妖怪セラピー」をきっかけの当事者研究とナラティヴ ・アプローチのことを書いたのだけれど、それはそれでよいのだけれど、どうも間違った気がしてきた。1日に3回くらいそのことが思い浮かんでくるので、いっそ訂正記事を書いてしまおう、と思う。でも、まだぼんやりとしか見えていないので、訂正記事自体も間違っているかもしれない。でも、書いてみよう。落ち着きたい。




(前回までのあらすじ)
妖怪セラピーがヒントとなり、「妖怪」をテーマにして当事者研究をやってみたい!

同僚に、「外在化みたいなのですか?」と言われ、「そうだけど・・・(違和感)」となる

違和感の正体がわかる。
①「妖怪」という存在の捉え方
→単なる外在化じゃない!「妖怪」の社会的文脈が肝なのだ!
②当事者研究における外在化の位置付け
→自己病名は外在化だけど、外在化じゃない!専門知からの脱却だ!

(まとめ)
「私が個人的に各分野で大切だと思っていること」
ナラティヴ・アプローチ:その人のストーリー、語りの力やディスコースの検討
当事者研究:専門知や向上、成長、回復に類する文脈からの脱却
妖怪セラピー:「妖怪」という社会的多面的存在と個人内の文脈との相互作用




これでキレイにまとまっていたのだけれど、「いや待てよ。ナラティヴ ・セラピーって、どちらかといえば「専門知」とけっこう対極にあった気が・・・。どちらかというと当事者研究寄りな・・・スタンスが・・・
つまり、




②当事者研究における外在化の位置付け
→自己病名は外在化だけど、外在化じゃない!専門知からの脱却だ




これは、ナラティヴ ・セラピーでの「外在化」でも同じ構図になるのではないだろうか。とすると、少し乱暴な言い方になるかもしれないが、「外在化=専門知からの脱却」になるのかもしれない。専門知から脱却しない外在化って、あるのだろうか。




そうすると、そもそもここで感じた違和感は、私の勘違いということになる。
もうひとつ後で気がついたことがあって、タイトルに「当事者研究とナラティヴ ・アプローチの異同」とあるのに、「違い」の部分について書いていなかったかもしれない(あのときは、それが「外在化」だと思っていたのかもしれない)




改めて書くとすると、以下のような点かな、と思う。




当事者研究:「当事者」「研究」
ナラティヴ ・セラピー:「当事者と援助者」「セラピー」




とはいっても、ナラティブ・セラピーのほうは、標準的に語られる「援助者」とはスタンスが違う。「当事者と、当事者以外の他者」としたほうがいいのかもしれない。




 当事者研究  ナラティヴ ・セラピー
1)当事者 VS   当事者と当事者以外の他者
2)研究  VS   セラピー




ここははっきりとした違いとして現れてくると思う。とはいえ、スタンスとして共通の部分もかなり多いと感じているので、両者の親和性は強めだろう。ここに、オープンダイアローグも入ってくると思うのだけれど、複雑になりすぎて(←いや、私が詳しくないから)全体の構図がよくわからない。あと、当事者研究の「当事者」についても、治療的な意味での「当事者」のみではじまった活動ではなく、そこに支援者はいて、ただスタンスは通常のそれとは違っていただろう。今広がりを見せている当事者研究でも、ファシリテーター(と呼んでいいのかはわからないが)や、参加者、聞き手がいて成り立つわけで、そのあたりを考えると、「当事者とはなんぞや」とか「当事者研究って、本当に当事者研究なの?」という疑問も出てくるし、1)に至っては、当事者研究とナラティヴ ・セラピーの違いはないような気もしてくるし、とすると、最終的な違いは、もしかしたら2)だけなのかもしれない。




なんだか、最後の方はぐだぐだになってしまった。また「間違ってしまった。。」と思ってしまうような気もするのだけれど、備忘録として。

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